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「うん、下がったな」
体温計を見て、悠樹はホッと息を吐く。
2日間続いた熱はようやく下がり、今日は無事に大学へ行くことが出来そうだった。
体温計を置いて、代わりにカギをひとつ手に取った。
漣のマンションの合鍵だ。
熱が下がったということは、大学へ行ける代わりに漣のところへ行かなくてはいけないということだった。
どの道、昨日父親が話していた件の確認もあるので、早めに会っておきたい気持ちはあった。
「今日は帰れそうにないな……」
いろんな意味で、今日は家に戻ってくるのは無理そうな気がした。



「お、熱下がったのか」
悠樹の姿を見つけるなり、淳平が駆け寄ってきた。
「ああ、ノートありがとう」
「もう写したのか。早いな」
今朝は早起きをしてノートを写しておいた。淳平だって復習する必要があるだろうし、あまり長く借りるのは悪い気がしたからだ。
「今日、昼どうする?」
「うーん……病み上がりで、あんまり食欲ないんだよな」
「そっか。じゃ『ING』はやめとく?」
「うん。もうちょっと完全復活してからにする」
「そうだな。じゃ、今日は学食でも行くか」
「うん。野菜ジュースでも飲んでるよ」
悠樹がそう答えると、淳平は少し呆れたような顔をする。
「無理してでも何か食えよ。病み上がりなんだし」
「食欲ない」
「まあ……食欲ないのに無理に食うのもあれか……でも、体力つかねーぞ」
「そうだな……まあ、もっと体調が戻ったら頑張るよ」
「食うのに頑張るとか、変な話だよな。ダイエット中の姉貴に聞かせてやりたいよ。ダイエット中なのにケーキ2個とか食ってさ、あとでさんざん後悔してやんの」
そう言って淳平は思い出したように笑い出した。
悠樹もそれにつられて笑う。
「淳平の姉さんって、ぜんぜん太ってないのにな」
「女は1gでも痩せたいものなんだってさ」
「へえ……」
淳平と話をしていると、何だか日常を取り戻したような気持ちになる。
父の会社が負債を抱える前の。そして、漣と再会する前の。
思えばこれまでは、まともに悩んだこともなかった気がする。もともと悩みを抱え込むような性格でもないし、それほど深刻な悩みにぶつかることもなかったのだ。
それはひとえに、恵まれた家庭に生まれ育ったおかげだともいえるだろう。
そんなことを考えて黙り込んでいると、沈黙を破るように淳平が口を開いた。
「そういや昨日、従兄弟が来てたんだっけ」
いきなり漣の話を振られて、悠樹は少しドキリとする。
「う、うん……」
「従兄弟って確か……アメリカに行ってるっていう?」
「ああ、話したことあったっけ?」
「何かの話のついでに聞いたことがあるような気がするけど。日本に戻ってるんだ?」
「うん……最近戻ってきたみたいだよ」
「そっか……」
それきり漣の話は出てこなかったので、悠樹は内心ホッと胸をなでおろした。
漣のことについて何か聞かれても、答えることができることが、あまりにも少なすぎる。
それに淳平はのん気そうに見えて、けっこう鋭いところがある。
万が一にも漣との関係に気づかれたりしたら、淳平に軽蔑されてしまいそうな気がした。



大学の講義が終わると、どこかに寄っていこうという淳平の誘いを断って、悠樹は真っ直ぐに漣のマンションに向かった。
講義が終わった時点で漣には今日行くことをメールで伝えておいた。
すぐに「了解」という短いメールが返ってきたから、漣もそのつもりで戻ってくるのだろう。
漣よりも先に部屋に着いた悠樹は、改めてその部屋からの風景を眺める。
都心のビルがすべて眼下に見渡せてしまうような超高層マンションだ。
もっと空気が澄んでいれば、富士山だって見えてしまいそうだ。
この間はゆっくりとその景色を眺めることが出来なかった。
夜景も目には入っていたのだろうが、まったく記憶に残っていない。
こんな部屋に、漣は一人で住んでいるのだ。
「あ……俺も住むのか……」
昨夜の父親の言葉を思い出して、少し気分が重くなった。
昨日の父親の口ぶりからすると、どうやら漣の中では悠樹がここへ住むことも、大学を卒業したら漣の会社に入ることも、すべて決定事項になっているようだった。
おそらく、悠樹がそう望んでいるのだと、父親に上手く言い含めたのだろうが……。
漣との取引について父親に言うことは出来ないから、下手に自分はそんなことは言ってないなどとは言えない。
だからたぶん、昨日父親が言ったとおりに……すべて漣が決めた通りに進んでいくのだろう。
そのうちに漣に別の相手が出来れば、この予定はすべて白紙に戻るのだろうが……。
何度目かのため息をついたとき、背後でとドアの開く音がした。
リビングに入ってきたのは予想通り漣だった。
「……おかえりなさい」
「ただいま。早かったんだな」
「うん……午後からの講義はひとつだけだったから」
「そうか」
漣はそう言いながらスーツの上着を脱ぎ、キッチンへと向かう。
「飲むものぐらい適当に出せばよかったのに」
グラスを手に取りながら、漣は言う。
「俺もさっき着いたばかりだし……」
「何か飲むか?」
「適当でいいよ」
漣は慣れた手つきでジューサーを操作して、また何かのジュースを作ってくれる。
こういうマメなところを見ると、悠樹は少し感心してしまう。
アメリカで一人暮らしをしていたとはいえ、料理なんてほとんどしたことのない悠樹とは大違いだ。
「今日は病み上がり専用のブレンドにしておいた」
「ありがとう」
差し出されたグラスの中身は、オレンジ色の液体だった。
きっと病み上がりに良いものがたくさん入っているのだろう。
そう思いながら口をつけてみると、甘い香りが口の中に広がった。
「美味しい……これ、何が入ってるの?」
「消化にいい野菜とか、ハチミツとか、果物とか。あとは漢方薬だな」
「漢方薬まで入ってるのか……」
「それと解らないようには工夫してあるけどな」
「うん……ぜんぜん漢方薬の味なんてしないよ。すごいな……」
心底感心したように言うと、漣は少し笑う。
「勉強でメシを食う暇もない時にこういう飲み物便利なんだ。マズイものは飲みたくないから、ブレンドの仕方は常に研究してたな」
「へえ……」
そうやって感心して頷きながら、こんな話をしている場合ではないということを思い出した。
「そういえば漣兄さん。俺、いつの間に漣兄さんの会社に入ることになったの?」
悠樹は少し強い意志を滲ませながら、漣に聞いてみる。
問われた漣のほうは表情を変えるでもなく、少し首を傾げて見せた。
「何か都合でも悪いのか?」
「都合とかそういう問題じゃなくて……俺、何も言ってないんだけど……」
「都合が悪くないなら、別に構わないだろ。叔父さんだって賛成してたし」
そういうことじゃない……と苛立つ気持ちを抑えながら、悠樹はさらに食い下がった。
「だから、そういう問題じゃなくて……それに、ここに一緒に住むって何なんだよ? それも俺、何も言ってないんだけど……」
「何か都合が悪いことでも?」
「べ、別に都合とか……だから、そういう問題じゃなくて……」
何だか話がかみ合っていないというのは解っているが、どう言えば漣がちゃんと悠樹の気持ちを理解してくれるのか解らなかった。
そもそも、漣に悠樹の気持ちを理解しようなどという気があるのかどうかもなぞだった。
それでもやはり、簡単に認めるわけにはいかなかった。
「だから……いちおう俺にも意思ってものがあるし……」
「意思?」
「俺はちゃんと漣兄さんとの約束は守るつもりだけど、今の生活だって守りたい。引越しとか、卒業後のこととかも自分で決めたい。それじゃ駄目なの?」
漣の目が冷たく……そして鋭く光る。
悠樹は思わず怯んでしまう。
自分の意思をきちんと主張しようと思ったけど、それは漣の意思の力にはとても及びそうになかった。
「お前は俺の何なんだ?」
ぐいっと顔を持ち上げられ、目をじっと見据えられる。
「恋人……だけど……」
「だったら、何の不都合があるんだ?」
「不都合……じゃないけど……」
「それなら、何の問題もないだろ」
「…………」
何の問題もないだろ……などと言われてしまえば、もう悠樹には何も言えなかった。
確かに問題はない。
悠樹の家族的にも問題はない。
恋人としての悠樹にとっても問題はいちおうない。
悠樹が本当に身も心も漣の恋人であれば、確かに何も問題はないのだった。
悠樹の気持ちが伴っていないのは、それは悠樹だけの問題で、漣にはまったく関係ない話だった。
冷たく見据えてくるその目を見ながら、悠樹はようやく悟った。
たぶん漣はそんな悠樹の気持ちを見透かしていたのだ。
だからまるで挑むように、仕掛けてきたのだろう。
体だけではなく、心までも「恋人」になれと。



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EDIT [2011/06/28 19:19] Breath <1> Comment:0
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