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翌朝、弘海は少しの異変を感じて目を覚ました。
布団の中に何かが入ってくる。
小さくてふわふわした何か。
少し頭が覚めてきて、ようやくその正体が猫だと解った。
「ショーン?」
問いかけると、猫は布団の中でぴったりとその体をくっつけてきた。
人間にそんなことをされると速攻で布団から追い出すところだが、相手は猫だから何だか可愛いし、いとおしい気持ちになる。
「また何か来たの?」
答える代わりに、ショーンは前足を弘海の腕に乗せてきた。
弘海は猫の体をそっと抱き寄せた。
「お前も大変だな……」
人間の時は自分よりもひと回り以上も大きい体をしているのに、猫になると腕の中に抱きこめるぐらいの大きさになる。
弘海はその体を優しく撫でながら、その毛並みの柔らかさに驚いた。
まるで上質の毛皮か何かのように、触れば触るほどに手が喜ぶような感触だ。
「あったかい……」
起床するまでにはまだ少しだけ時間があった。
弘海は猫を抱きながら、ほんの少しうとうとと眠った。
(柔らかい……あったかい……)
その温もりは弘海をほんの少しだけ幸せな気持ちにさせた。
思い出さないようにしていた家族の温もりを思い起こさせたからかもしれない。



「うわ、うわああっ!!」
弘海は時計を見て慌てて飛び起きた。
少しだけのうたた寝のつもりが、たっぷりと眠ってしまい、気がつけばかなり切羽詰った時間になっていた。
黒猫のショーンは慌てる弘海に踏み潰されないように、さっさと安全地帯に避難していた。
「起こせよ!! 目覚ましなってただろ!!!」
弘海が黒猫に抗議すると、黒猫は素知らぬふりをして毛づくろいを始めた。
「っとにもう! 遅刻したらショーンのせいだからな!!」
ぶつぶつと文句を言いながら、弘海は急いで仕事に行く準備をする。
最近は遅刻したりミスをしたりの連続だから、今日は何があっても遅刻は出来なかった。
最小限の時間で準備を済ませると、弘海は慌ててマンションの部屋を飛び出した。



「セ……セーフ……」
店に着いたのは出勤時間の3分前だった。
何とかギリギリセーフだ。
「おはようございます!」
いつものように出勤すると、橘はもう厨房にいて、忙しく動き回っていた。
「橘さん、早かったんですね」
弘海が言うと、橘は微笑んだ。
「ちょうど良かった。昨日言ってた試作品が焼きあがるところだったよ」
「あ、出来たんですか!」
「そろそろ大丈夫かな」
オーブンを開けると、焼きたてのパンの良い香りが漂ってきた。
「フォカッチャですか?」
「うん、相変わらず根強い人気だし。女性に喜ばれるようにカボチャのものとサツマイモのものを作ってみたんだ。うちにはまだ甘いフォカッチャがなかったから」
焼きたてのフォカッチャをそれぞれ切り分け、橘が皿に乗せてくれた。
主にフランスのパンが専門の橘だが、イタリア風のものやドイツ風のものも積極的に取り入れている。
それらをいつも自分流にアレンジして、橘らしい味に仕上げてくるのがすごいと弘海はいつも思っていた。
「約束の味見係」
橘がそう言ってくれたので、弘海は遠慮なくフォカッチャを食べてみた。
「美味しい~」
焼きたてのパンはどれも幸せな気分にしてくれるけれど、甘くてふわふわのフォカッチャは、さらに幸せな気分を味あわせてくれるようだった。
少しだけ塩を使った味付けも絶妙で、カボチャやサツマイモの甘みが優しく強調されている。
「これ、絶対に売れますよ!」
「そうかな」
「うんうん。女の子が喜びそうな味だと思うし」
「だといいんだけど。よし、じゃあ具体的に製品化するためにもう少しつめてみるよ」
「はい! 楽しみにしてます!」
「弘海がいてくれて本当に助かってるよ。だいたい弘海の意見は的確だし」
「そ、そうかな……俺なんて勝手な意見を言ってるだけで……」
「その意見がありがたいんだよ。たぶん弘海が自分でメニューを考え始めると俺の言ってることが解ってくると思うけど」
「そ、そっかぁ……じゃあ、早く橘さんの悩みが解るようにもっと精進します!」
「じゃ、開店準備のほうに取り掛かろうか」
「はい!」



「お先に失礼します。お疲れ様でした!」
「あ、弘海」
一日の仕事を終え、帰宅しようとした弘海を橘が呼び止めた。
「はい、何ですか?」
「今日は何か用事でもあるの?」
「え、えっと……特にはないですけど」
「じゃ、ちょっと遅めのランチをおごるから、付き合って欲しいな」
「あ、は、はい!」
返事をしながら弘海は、家においてきたショーンのことを思った。
出かけるときは黒猫のままだったから、おそらく大丈夫だとは思うが、魔力が尽きたりはしていないだろうか……。
「弘海?」
「あ、す、すみません……」
「何か用事でも思い出した?」
「いえ……大丈夫です。ランチご馳走になります!」
「じゃあ、ちょっと着替えてくるから。店の外で待っていて」
「はい、解りました」
(せっかく橘さんに誘ってもらったのに……ショーンのために断る筋合いなんてないよな……)
弘海はそう思った。
家を提供しているだけでも我ながらお人よしだと思うのに、それ以上のことをするべきではないとも思う。
あまりショーンに構いすぎると、また伴侶だ何だと余計な妄想を膨らまされてしまいそうだし。
(でも……昨日キスしたんだよな……)
思い出すと顔が熱くなってくる。
それが魔力を回復させるという目的のためだったとはいえ、かなりディープなキスをしてしまったことは事実だ。
しかも言い出したのは弘海のほうだったし。
「はぁ……」
現状で魔力回復させる手段がショーンにない以上、弘海は消耗させてしまったことに対する責任を取っただけだとは思うのだが。
(でも、昨夜も黒猫に変身してたってことは……また消耗してるって事だよな……ってことは、またキスしないといけないのか……)
気乗りはしないが、セックスに比べるとキスというのはかなりハードルが低い。
物騒な相手に追われているような様子でもあるし、その程度の協力ならしても構わないかと思ってしまうあたり、弘海もずいぶんとショーンのペースに乗せられているような気がする。
「キスはするけど、それ以上は絶対に阻止しないと。流されちゃ駄目だ!」
「何が流されたら駄目なんだ?」
「うわっ!?」
気がつくと私服に着替えた橘が立っていて、弘海は心臓が飛び出そうなほどに驚いた。
「いや、あの……朝が寒いので……いつまでも布団の中にいちゃいけないなとか……」
「ああ、なるほど……そういうことか」
橘があっさりと納得してくれたので、弘海はホッとした。
シンプルなジャケットにクリーム色のマフラーをさらりと巻いた橘は、白衣の時とはまた違った爽やかな印象だった。
(このままデートとか行ってしまいそうなお洒落具合だよな……)
橘はパン作りにも妥協がないが、私服にもまったく隙がない。
弘海のように、部屋着でダラダラと過ごしているような姿はまったく想像がつかなかった。
「仕事時間じゃないのに、つき合わせて悪いね」
「いえいえ! 食べ歩きは俺も勉強になりますし。それに橘さんが行く店なら、なおさら勉強になりそうだし」
「うん。今日行くのは先日オープンしたばかりのイタリアンの店なんだ。そこで出すパンがすごく評判らしい」
「やっぱりフォカッチャかな」
「フォカッチャもだし、他の種類のパンもあるらしいよ」
「へえ、楽しみだなぁ」
橘とパンの話をしているうちに、弘海の頭からショーンのことはすっかり消えうせていた。



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EDIT [2012/01/04 11:27] 猫目石のコンパス Comment:0
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