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「くそ……」
漣は携帯電話を忌々しげにソファに放り投げる。
昼間からまったく悠樹と連絡が取れないのだ。普段なら大学の講義が終わって家に戻る前にメールが来る。
そのメールも届いていない上に、電話をかけてもまったく繋がらない。どうやら電源も切れているようなので、GPS機能も使えない状態だ。
日付も変わろうというこの時間になっても、悠樹からの連絡はないし、相変わらず携帯電話も繋がらない。
ここ最近の悠樹の様子からして、逃げ出したという可能性は低いだろう。だとしたらやはり……。
一人の人物の顔が漣の脳裏にずっとちらついていた。
「文礼……」
たぶん、そういうことなのだろう。
こうなることを恐れて、漣はありとあらゆる手段を講じてそれを防ごうとしてきた。
もっとも有効なのは悠樹を外に出さないことだったが、それは当人が絶対に嫌だと言って譲らなかった。泣きながら訴えられてしまうと、漣はそれ以上強くは言えなかったのだ。
そのほかの方法で何とかしようと思ったが、やはりあの時、大学を休学させるべきだったのかもしれない……。



とりあえずソファに腰を下ろし、漣は大きくため息を吐く。
文礼と初めて会ったのは、漣が20歳のときだった。
その1年半ほど前に両親が離婚し、漣の生活環境は大きく変わった。
弟は母に引き取られたが、連は父方に引き取られる形になった。しかし、その家にはすでに新しい『母親』がいた。漣はその『母親』との折り合いが悪く、すぐに家を出た。
学費や生活費などはすべて父親が出してくれたが、どちらかというと父より母のほうが好きだった漣にとって、両親の離婚はあまりにも辛い出来事だった。
母や弟が去り、漣はたった一人アメリカに残されたような気がしていた。日本が恋しくて仕方がなかったが、大学院への進学も決まっていたあの時期に帰ることは出来なかった。
アメリカにいる間中、ずっと考えていたのは悠樹のことだった。
本人にはその自覚はまったくないが、小さな頃からその容姿は人目を引くものだった。天使というものがいるとしたら、きっとこういう顔をしているのだろうと漣は何となく思っていた。
自分の胸を締め付けるようなその思いが、「恋」というものだということに気づくまでに、それほど時間はかからなかった。
アメリカへ行くことが決まったとき、漣は一人で悠樹たち家族が滞在する軽井沢へ行った。
これがもう最後だと思うと、漣は自分の気持ちを抑えることが出来なかった。
気持ちよりも先に体が動いていた。
相手が男だとか、従兄弟だとか、そんなことはまったく頭にはなかった。
ただ愛おしくて、気がついたら唇を重ねていた。
もっと深くつながりあいたいと思ってとった行動で、悠樹は漣を最大限の力で拒んだ。
目をまん丸に開いたままの悠樹の顔が、今でも忘れられない。
その後の5年間は連絡を取らなかった。
漣もアメリカでの生活に慣れるのが大変だったし、家族の関係もすでにぎくしゃくし始めていた。
それが破綻するまでに、時間はそうかからなかったのだが。
その頃の漣にとって日本が恋しいという思いは、悠樹が恋しいという思いとイコールだった。
漣は大学院への進学を報告するために、悠樹にメールを送った。メールアドレスは、唯一連絡を取り合っていた悠樹の父から聞いていた。悠樹の父は両親が離婚した後も漣のことを気にかけてくれている親戚の一人だった。
将来的に自分の会社に……という気持ちもあったようだった。
何かきっかけがないと、あんな別れ方をしてしまった悠樹に連絡を取ることなんて出来ない。大学院への進学は、ちょうど良い機会だった。
もうあれから5年も経っている。悠樹はメールを返してくれるはずだと思っていたが、一ヶ月が経ってもメールは返って来なかった。
そんな時だったのだ。文礼に会ったのは。
悠樹の友人の淳平が、文礼は悠樹に似ていると言っていたが、あの頃の文礼はもっと似ていた。纏っている雰囲気は正反対ともいえるようなものだが、その容姿は本当に似ている。
それだけのことでも漣の気持ちをかき乱すのに十分だったのに、文礼は漣に対して誘いをかけてきたのだ。
しかも、お互いに恋愛感情はなしで、という漣にとっても都合の良い条件付だった。
まともな恋愛をしてこれ以上気持ちをかき乱されるのは御免だった。
文礼がいろんな意味で危険な香りのする人物だと解っていながら踏み込んでしまったのは、半ば自棄になったような気持ちが、その時の漣にあったからに違いない。



文礼がその年齢にも関わらず、セックスというものに慣れているというのは、彼が直前までとある華僑の愛妾であったとだけは聞いていたので、何となく理解していたつもりだった。しかし、実際は慣れているなどというものではなかった。
快楽を得るためのありとあらゆる方法を熟知しているといったほうが正確だろう。
いったいどこでそのような方法を覚えたのか。
漣と文礼の付き合いは4年ほど続いたが、互いのプライベートについて語ったのは本当に数えるぐらいだった。
漣はそういうサカリのピークでもある年代だったし、数え切れないほどの逢瀬を重ねた。漣はいつも文礼の感じるときの顔や逝く瞬間の顔に悠樹の顔を重ねて興奮していたが、そのことを文礼は知らないだろう。
そのうちに漣は大学院を卒業し、立ち上げた会社も軌道に乗り、日本企業との取引が増えてきたこともあって、日本に戻ることを考え始めた。
そろそろ終わりしよう……そう告げたとき、文礼は漣が初めて見るような表情を浮かべた。
強いて言葉を当てはめるなら、寂しそうな表情。
互いに一切の恋愛感情のない4年間だと思っていただけに、漣は文礼の反応に少し驚いたし、戸惑いもした。
けれどもすでに企業の機能を日本に移す準備もし始めていた。
悠樹のいる日本に戻る前に、文礼との関係を清算しておきたかったのだ。
悠樹と漣が結ばれる保証などはまったくなかったが、それはただ単に漣の気持ちの問題だったのだと思う。
「最初からそういう約束だったしね」
文礼はそう言って微笑んだが、まだ自分の気持ちを整理し切れていないという表情をしていた。
「実は僕も、そろそろ新しい所有者が決まりそうなんだ」
「そうか……」
深くは聞かなかった。ベッドの上で僅かに聞いた彼の身の上話によると、彼は中国の貧しい農村の生まれで、9歳の頃に現在の養父のもとに売られたのだという。
その養父が華僑社会に入り込むために献上される供物……それが自分なのだと言っていた。
「最初の所有者は失敗した。あまりにも年をとりすぎていたから、僕たちが深く入り込む前に死んでしまった。次の所有者はそういう点も考慮して慎重に探しているらしい」
慎重に探した結果、次の所有者が決まるまでに4年もの年月がかかったということなのだろう。華僑の信頼を得るためには、一年や二年では無理だという話を漣も聞いたことがある。文礼がああいう表情を漣に見せたのは、そうやって彼もまた岐路に立とうとしていたからかもしれなかった。
その後、漣と文礼は会うことがなかった。
それから一年が経ち、日本への帰国を数日後に控えたその日、叔父の会社……藍澤興産の関連企業による不祥事が発覚した。
藍澤興産事業は実に多岐にわたり、アメリカにも進出していた。そのニュースは当然CNNニュースでも伝えられ、ニューヨークタイムス紙にも掲載された。



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EDIT [2011/07/03 15:15] Breath <1> Comment:0
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