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漣がマンションの部屋に戻ると、予想していた通り、リビングの灯りがともっていた。
しかし、悠樹が出迎えに出てくる気配はない。
眠っている可能性も考え、漣はそっとリビングを覗いてみる。
ソファに蹲る悠樹の姿が見えた。
やはり眠っているのだろうか……そう思いながら、そっと近づいてみる。
近づいてみると、どうやら悠樹は起きていたみたいで、ソファにきつく顔を埋めてしまった。
「起きてるのか?」
漣の問いかけにも返事はない。
完全に起きていることが解った以上、漣も遠慮をする必要がなかった。
「起きてるんだったら、顔ぐらい見せろ」
そう言って、強引に悠樹をソファから引き剥がした。
一瞬、漣の顔を見た悠樹は、すぐに目をそらした。
その目は真っ赤に腫れていた。
「どうしたんだ?」
漣はそう尋ねながら、悠樹の体を優しく抱きしめる。
「わからな……い……」
声は掠れていた。ひょっとすると、漣が帰ってくるまでの間、悠樹はずっと泣いていたのかもしれない。
長い時間をかけて悠樹の体を優しく撫で続けていく。
実際に漣には具体的に何をしてやればいいのか解らなかったということもあるのだが。
「どうして泣いていたんだ?」
少しは落ち着いてきたような気がしたので、漣は聞いてみた。
「わからない……」
「わからないのか?」
「うん……」
わからないのは記憶が曖昧なせいだろうと思いつつも、漣自身、それ以上どうしていいのか解らなかった。
「漣兄さん……」
「うん?」
「文礼……のところから帰ってきたとき……俺、どういう状態だったの?」
聞かれて漣は言葉に詰まりかけたが、何とかスムーズに言葉を吐き出した。
「何回も言っただろう?お前は体調が悪くなって、文礼のところで倒れたんだ」
「本当に……それだけ?」
「ああ……それだけだ」
「そうか……」
悠樹はまだ納得していない様子だ。
「でも……何か変……なんだ……」
「変?」
「急に何かを思い出しかけたり……すごくイライラしたり……理由もわかわずに不安になって、気がついたら泣いていたり……」
「悠樹……」
「こんなの初めてで……どうしていいか解らないんだ……」
「…………」
悠樹は漣に助けを求めている。それが解っているのに、漣にはどうしてやることも出来なかった。
もう気休めの言葉は効力がない。
かといって、悠樹が知りたがっていることを教えるわけにもいかなかった。
「きっと疲れてるんだろう……引越しとかいろいろあったし……」
ずいぶん長い時間をかけて出てきたのが、そんな何の役にも立ちそうにない言葉だった。
「そう……なのかな……」
「大学も少し休んでみるか?」
「それは……嫌だ……」
「そうか……」
「それでなくても、もうけっこう休んでしまったから……これ以上休むと留年しちゃうよ。そんなことになったら……父さんや母さんにも心配かけちゃうし……」
大学という場を失うことも嫌だったし、それによって両親に余計な心配をかけることも絶対に避けたかった。
もしもそれが必要なことだとしても、大学を休むという選択肢を悠樹が選ぶことは出来ない。
「今日は仕事……遅かったんだね……」
悠樹は話題を変えてきた。漣は少しホッとすると同時に、何の解決法も見出してやることが出来ないことに、もどかしさを感じた。
「ああ……悪かった。ちょっとトラブルがあったんだ……」
「トラブル?大丈夫なの?」
「……しばらくかかるかもしれない。それでお前にも少しだけ不便をしてもらわないといけないんだが」
「不便?」
悠樹は漣の腕の中から、少し不安そうに見上げてくる。
「明日から大学の行き帰りはうちのスタッフに送り迎えをさせる。そうだな……とりあえず2週間程度」
「どうして?」
「厄介な相手がビジネスに絡んできているらしい。スタッフの家が荒らされたりしている」
これ以上悠樹の不安を煽るのもどうかと思ったが、漣は正直にそれを伝えた。
そうでなければ、悠樹のガードをすることも出来ない。
悠樹は意外と頑固だし、自分が納得できないことを受け入れないところがある。
「淳平と一緒に帰りたければ、彼も一緒に車に乗せて帰るといい。とにかく一人で出歩くのは当分の間は禁止だ」
「漣兄さんは大丈夫なの?」
「まあ、俺はいちおうひと通りの護身術は学んでいるし。だけどうちの連中が好きにさせてくれない。お前と一緒だ。しばらく一人歩きは出来そうにない」
漣がそう言うと、悠樹は初めて笑みを浮かべた。
「漣兄さんも、会社のスタッフの人には頭が上がらないんだね」
「うちは少数だが出来の良すぎるスタッフばかりが集まってる。出来が良すぎて融通が利かない」
「でも、ちゃんとボディガードしてもらったほうがいいよ」
「ああ、そうだな……」
「早く落ち着くといいね」
「悪いな……お前にまで心配はかけたくなかったんだが……」
「ううん。漣兄さんの会社はすごいから……きっとそれで嫌なことをしてくる人もいるんだろうね」
期せずして話題が摩り替わったことで、悠樹はひとまず落ち着いたようだった。
しかしこれも一時しのぎにしか過ぎないことは、漣にも解っている。
会社のトラブルも緊急を要するものだが、それ以上に悠樹のことは一刻も早く何とかしなくてはならないと思った。



外が白み始めたころ、悠樹がようやく寝息を立て始めたので、漣はそっとベッドを抜け出した。
疲れていることもあって、悠樹はぐっすりと眠っている。
それを慎重に確認してから、漣は部屋を出る。
時刻は午前5時の少し手前、ニューヨークとの時差は14時間だ。
あちらは夜の7時になろうとする時間だと頭で計算しながら、漣は携帯を手に取った。
少しのコールの後で、相手の声が日本語で聞こえてきた。
「漣か、久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだな」
「日本はどうだ?」
「悪くはない」
「それは良かった。で、今日はどうしたんだ?」
「ちょっと相談したいことがある」
「へえ、お前が相談なんて珍しいな」
「茶化すな。ちょっとお前の力を借りたいことがある」
「日本へ行こうか?それとも、お前が来る?」
「出来ればこっちに来て欲しい。一番早い便で」
「相変わらず無茶を言うやつだな。一番早い便とはいっても、明日は患者の予約もあるし、出発できるのは夕方だぞ」
「それでかまわない」
「しかも、そんなに長くは滞在できない。来週には学会の会合があるから」
「とりあえず、来て診てもらいたいんだ。俺ではなくて従兄弟なんだが」
「OK。お前が頼み込んでくることなんて、そうないことだしな。明日の夕方の便がとれたら、それで行くよ」
「悪いな、頼む」
「とりあえず詳しい状況をメールででも送っておいてくれ。明日の夕方までに」
「解った」
電話を切って、漣は軽く息をはく。
大学時代の友人でもある『彼』が、救いの手になってくれるかどうか。
正直に言って、漣は解らなかった。
しかし、漣は彼を信頼していたし、今の時点で彼以上に頼りに出来る相手を思いつかなかった。



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EDIT [2011/07/16 06:51] Breath <2> Comment:2
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2011/07/16 20:04] EDIT
>シークレットAさん

コメントいつもありがとうございます!

ちょっとしたことでも、思い出せないとすごく気持ち悪いですしね(汗)
それが自分の身に起こった大きな出来事だと、相当の不快感じゃないかなと思います。

お医者様が役に立つ人だと良いのですけど(笑)

毎回読みにきてくださって、ありがとうございます♪
次回も頑張って更新しますので、またぜひお立ち寄りいただけると嬉しいです!
[2011/07/17 08:17] EDIT
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