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文礼が見た漣は、今までに見たことのない表情をしていた。怒りを隠しもせずあらわにしている。
どうやらこの部屋に来るまでに家の者たちとやりあってきたようで、口の端が切れて血が流れている。
いや……口だけではない。よく見ればこめかみのあたりにも傷があるし、シャツの腕からも血が流れ出していた。
あれだけの出血があるということは、傷はかなり深いかもしれない。
この邸宅にいる護衛は訓練を受けているものばかりだ。たった一人でろくな武器も持たずにこの部屋までたどり着けたこと自体が奇跡に近い。
漣が大学時代から護身術として空手や合気道の道場に通っているのは知っていたが……。
かなり実践的なレベルまで習得していたのだろう。
だが、ここは日本であって日本ではない敷地だ。下手をすれば命さえ危ういということを知った上で単身乗り込んできたのだとしたら。
漣は相当に度を失っているということになるだろう。
汪がゆっくりと背後の扉を振り返る。
「どうやって入ってきた?」
漣は答えない。答えない代わりに汪が一瞬ひるむほどの形相でにらみつけた。
だが汪はすぐに冷静さを取り戻し、笑みさえ浮かべる余裕を見せ付ける。
「お前の飼い猫はなかなか良い体をしている」
汪はベッドの上の悠樹を一瞥しながら言った。
しかし、漣はまだ何も答えない。
ボロボロになってベッドに突っ伏する悠樹の姿が見えていないわけではないはずなのに。
文礼にはそれが恐ろしかった。恐ろしいという感覚を、漣から感じたのは初めてのことかもしれない。
「日本語しかわからんのか。生憎、私は日本語がわからない。残念だな」
どうやら何も答えない漣を見て、汪は北京語の通じない日本人だと思ったらしい。
「文礼、通訳してやれ。10万ドルでどうだ?とな」
文礼は答えることができなかった。漣は北京語を理解できるし、話すこともできる。聞こえていないわけではないのだ。
「10万ドルか……」
漣はそう呟くように言った。
「なんだ、北京語がわかるのか」
興をそがれたように汪は言って、不気味に沈黙を守る男を見つめた。
「10万ドルで駄目なら、30万ドルならどうだ?悪くはないだろう?」
「そいつは俺の命よりも大切なやつだ。値段などつけるな!」
漣はそう言い、汪に歩み寄ったかと思うと、次の瞬間、汪の体が吹っ飛んだ。
「く……ッ……き、貴様……ッ……」
汪は殴られた頬を手で押さえながら立ち上がる。口の中が切れたらしく、口から血を流している。
「漣……駄目だ……こいつには手を出しちゃいけない!」
文礼は日本語で警告するようにそう訴えた。だが、漣はまるで聞こえていないかのように、ただ汪だけを凝視している。
漣は確かに金とそこそこの地位を持っている。けれども、その程度のもので太刀打ちできるほど、汪のネットワークは脆弱なものではないのだ。
どう考えても、この喧嘩は漣にとって不利なものでしかない。
汪はじりじりと後退し、サイドテーブルに手をかける。
そしてそこから手のひらに何かを取り込んだ。
「漣……!」
文礼はとっさに漣に体当たりした。その瞬間、乾いた音が部屋に響き渡る。
汪が手にしているのは、消音機能のついた小型拳銃だった。
銃弾は文礼の肩をかすめはしたが、衣服を少し裂いただけだった。
「くそ……日本人め……殺してやる……!」
どちらも怒りの度を越えていて、文礼には制御することができそうになかった。
だが、傍観するわけには行かない。そう思ったところで、足が動かなくなった。
どうすれば良いのか解らなくなり、途方に暮れてしまったのだ。
二人のにらみ合いは続いている。
そこへ足を引きずりながら雀喩がやって来た。腕も痛めたらしく、利き腕ではないほうから拳銃を取り出して文礼に手渡した。
「文礼さま、これを……」
文礼は戸惑いながらそれを受け取る。しかし、それをどこに向けてよいのか解らなかった。
「文礼、お前が撃て!お前がそいつを殺せ!」
汪はそう言って笑い出した。いかにも汪が好きそうな趣向だ。命じられてしまえば、文礼も後には引けない。
「早くしろ!私の命令だ!その男を撃て!」
その命令に反応するかのように、文礼は銃口を漣に向ける。
その途端に汗が流れてくるのを感じる。
他の選択肢はあり得なかった。汪が死ねば、蔡家が受けてきた恩恵はすべてなくなり、再び後ろ盾を失ってしまう。
文礼が同席している場で汪が死んだとなれば、その報復は契約不履行として弟にまで達する可能性がある。
今文礼が守るべきものは、汪でしかあり得なかった。
漣は未だに怒りを瞳に浮かべたまま、銃口を向ける文礼を見つめてくる。
死ぬことなど恐れていない顔だ。
銃口を向けられているというのに、死を前にした漣のその表情は、まるで仮面をかぶったように揺るがない。
「撃て!早く撃たないと、お前の弟もあんな目にあわせるぞ!」
汪はベッドの上の悠樹を指差しながら言った。
文礼ははっとする。
やりかねない……汪ならば。
悠樹でさえあんな状態になったのを見て胸が痛んだというのに、弟があんな目に遭ったら……。
絶対にそれだけはさせてはならない。
「……ッ……」
早く引き金を引かなくてはと思うのに、指は震えるばかりで動こうとしてくれない。
弟を守るためには引き金を引くしかない……それは解っているのに。
ほんの少し指に力を込めればすべてが終わる。
汪は望みどおり悠樹を手に入れ、満足する。
そうすることが自分の義務だと、文礼は解っているはずだったのに。
「なぜ撃たない?いいのか?私に逆らっても!弟がどうなってもいいのか!」
文礼が自分の命令に従わないことに、汪は苛立ちを感じているようだった。
しきりに弟のことを口に出し、文礼を急かそうとする。
それでも文礼は引き金を引くことができなかった。
痺れを切らしたように汪は立ち上がり、漣に狙いを定めて銃口を向ける。
「お前がやらないのなら、私がやってやる」
汪の指先が動こうとした瞬間、文礼は自分でも信じられない行動に出た。
銃声はひとつだけだった。
汪の体がどうっと音を立てて崩れ落ちた。
汪は左胸を……正確には心臓を撃ち抜かれていた。文礼が撃った銃弾だった。
自分のとった行動に眩暈がしそうになりながら、文礼は拳銃を床に落とした。ゴトリと重い音がする。
汪の体からはとめどなく血があふれ出し、その脂肪に包まれた体をひくつかせている。もうほどんど死体といっていいだろう。
「文礼さま……何ということを……」
雀喩の言葉には答えず、文礼は漣を見た。
「早く悠樹を連れて行って。後のことは気にしなくていいから」
漣は戸惑ったような顔をしている。
「俺を……助けたのか?」
「そんなことを……僕の口から言わせたいの?」
文礼の問いかけに、漣は思わず言葉を詰まらせた。
「早く……悠樹を連れて行って……雀喩、二人を車のところまで送って」
「文礼……まさかお前、死ぬつもりか?」
漣はそう言って文礼の顔を見た。文礼は漣の言葉に微笑んで答える。
「まさか……僕にはまだ守らなければならないものがある」
文礼はそれきり、漣に背を向け、その顔を見なかった。
漣はベッドの上の悠樹の体をシーツでくるむと、そのまま部屋を出た。漣もまた文礼を振り返らなかった。



マンションのベッドの上で、悠樹は目を覚ました。
顔を腫らした漣が、悠樹を覗き込んでいる。
悠樹は一瞬、漣に手を伸ばそうとして、その動きを止めた。
「悠樹?」
触れようとしてくる漣の手を、最大限の力で拒絶する。
まるで何か忌まわしいものが触れたみたいに。
「悠樹……」
呼びかける漣の声に答える代わりに、首を横に激しく振る。声が出ないようだった。
もう一度漣が手を伸ばそうとすると、さらに激しい動作でそれを拒絶した。
悠樹は明らかに漣を近づけたくないようだった。
漣はどうしていいか解らず、自分を拒絶する悠樹を見つめる。
こんなに近くにいるのに、指ひとつ触れることができない。
「レン、そろそろ病院に戻る時間」
テツヤが部屋を覗き込んだ。漣は肋骨を骨折した上に、腕を20針以上も縫う大怪我を負い、入院中の身の上だった。
無理を言って外出扱いにしてもらい、マンションに戻ってきたのだが。
「ユウキは僕が見てるよ。迎えの車が来ているから、病院でおとなしくしていて」
「ああ……頼む……」
テツヤは漣に背を向けて体を震わせる悠樹を見て、二人の間に流れる空気が今までのものと違うことに気づいた。
心なしか、漣は傷ついているようにも見える。
あの日何が起こったのか……漣はほとんど何も語らなかった。けれども、ある程度のことはテツヤにも予想がついてはいた。
漣は一度悠樹を振り返り、そのまま部屋を出て行った。



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EDIT [2011/08/01 06:53] Breath <2> Comment:2
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2011/08/01 22:15] EDIT
>シークレットAさん

いつもコメントありがとうございます!

文礼の汪殺しについては、本当にいろいろと他のパターンも考えた中でいちばんしっくりときたのでそういうことにしました。
サブキャラの運命については決めていないことが多いので、書きながら悩みつつ……という状態でした。

文礼の性格はその生い立ちもあって非常に複雑なようで、たぶん本人も解析できない部分が多いのではという気がします(笑)

漣と悠樹はこれからが正念場というか、宿題をようやく片付けるときがきたという感じでしょうか。
お互いに一度離れてみることで、気づくことも多いかもしれません(笑)

なかなか明るい話にならないですが、また次回も読んでやっていただけると嬉しいです!
[2011/08/02 07:32] EDIT
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