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それからおよそ五ヶ月の時間が過ぎた。
季節は冬を越え、春がやって来ようとしている。
「うーん……いい天気」
セントラルパークの大きな湖のほとりで、悠樹は読んでいた本を置いて大きな伸びをした。
最近ではこうしてここへ来て本を読むことが日課になっていた。
3月の半ばにしては珍しく暖かい日が続いていて、上着を着ていれば外で過ごしていても気持ちいいぐらいだった。
読んでいるのはほとんどが英語の小説ばかりで、最初のうちは辞書を片手に読んでいたけれど、今ではほとんど辞書なしで読めるようになった。
英会話も日常会話程度だったのが、早口の英語でも理解できる程度には進歩したらしい。
最近では、斉藤との会話は日本語だが、テツヤとの会話はほとんど英語になっている。
五ヶ月に及んだ悠樹のニューヨークでの生活は、辛かった傷をとりあえず表面上を癒すだけの効果はあった。
一時的に出なくなってしまった声も、毎日のカウンセリングや状態によっては投薬などの効果もあって、三ヵ月後には元のように話せる状態まで回復した。
斉藤がほとんど付きっ切りで治療を行ない、仕事の合間にテツヤがサポートをし続けた成果でもあったかもしれない。
両親とも電話で会話をすることができるようになり、心配していた二人もとても安心したようだった。
漣とは、この五ヶ月の間、一度も連絡を取り合うことはなかった。
漣との関係について、斉藤のアドバイスはほとんどなかった。
一度だけ、悠樹は漣との関係について、今後どうすれば一番良いかというようなことを聞いたことがあった。
しかし斉藤は、急がなくても良いから、自分で考えて結論を出すようにと。ただそれだけだった。
不眠や精神的な不安定さも、四ヶ月目を迎える頃になってようやく落ち着いてきた。
冷静に自分の身に起こったことを考えることが出来るようになってきたのだ。
もちろん、すべての傷が癒えたわけでは決してないし、その傷が完全に癒えるまでの時間なんて、どれだけかかるか想像もつかない。
何かの拍子にあの恐ろしい出来事の数々や、自分を消してしまいたくなるほどの激しい羞恥を思い出し、息をするのも苦しくなることがある。
五ヶ月経った今もその記憶は生々しく、泥の波みたいに悠樹にまとわりついてくることがあった。
そんな時は一日部屋から出れないようなときもあった。時間が経ったからといって、記憶が薄れるというようなことは、今はまだ感じられなかった。
斉藤は焦らなくても良いと言ってくれ、いつか必ず思い出さなくなる日が来ると言ってくれたことが、悠樹の希望になっていた
今はそんな日が来るとはとても思えないのだけれど。
とりあえず、ひと通りの治療の目処がついたということと、休学していた大学への復学の準備もあるので、明日には日本に帰国することになっている。
結局、大学は留年し、また一年からやり直すことになった。淳平が先輩になるというのは変な感じだけど、また大学に通えるというのは嬉しいことだった。
淳平とはメールや手紙や電話で、頻繁に連絡を取り合っている。淳平はあの時のことを悠樹が話す以上には聞いてこなかった。それが悠樹にとってはとてもありがたいことだった。
「そろそろ戻って荷物をまとめないと……」
悠樹は本を閉じて立ち上がった。
ある程度の荷物はもうまとめてあったが、スーツケースに入りきらない荷物を送り返したりしなければならなかった。
悠樹は斉藤から借りているスポーツタイプの自転車にまたがり、パークアベニューをひたすら南下していく。
風を切るとちょっと肌寒かったけれど、自転車を漕いでいるうちに体も温まってくる。
やがて見えてきたブルックリン橋を渡る。見慣れた橋の上からの風景とも今日でお別れだと思うと、ちょっと感傷に似た気持ちが沸いてくる。
ブルックリン区に入ると、マンハッタンとは雰囲気がガラリと変わる。閑静な住宅街をしばらく自転車で走ると、斉藤の家が見えてきた。
「ただいま!」
家の前に自転車を立て掛け、玄関を開けて入ると、斉藤がキッチンで料理を作っていた。
「おかえり。外は寒くなかった?」
「今日は暖かかったよ。帰りはちょっと寒かったけど」
「それはいいサイクリング日和だ」
そう言いながら、斉藤は切った野菜や肉を鍋に放り込んでいく。
どうやらスープか何かを作ろうとしているらしい。
「あ、手伝いましょうか?」
いちおう声をかけてみた。この五ヶ月間、入れる、混ぜる以外の手伝いをさせてくれたことはなかったのだけれど。
「いや、いいよ。荷物をまとめておいで」
「あ、はい、すみません、いつも……」
「今日のスープの出来はなかなかだと思うんだけど……まあ、楽しみにしておいて」
「はい」
悠樹は斉藤の言葉に笑って、階段を上がって五ヶ月間、自分の部屋として使わせてもらった部屋に向かう。
そこはもともと、入院の必要な患者のための部屋だったらしく、複数の患者が入院することもないのでということで、悠樹とテツヤがそれぞれ一部屋ずつ使わせてもらっていたのだ。
それなりに思い出のある部屋を離れるというのは、何だかとても寂しい気がするが、今悠樹の気持ちは日本へと向いていた。
早くあの懐かしい場所に帰りたかった。
それだけでも、ものすごい進歩だと思う。
ここへ来た当初は、日本のことを思い出すだけでも辛かったのに。
食べ物もそうだし、空気や匂い、そして日本語……。
声を取り戻しただけに、日本語で思う存分会話がしたいという気持ちも大きかった。
ただ……漣のことを考えるとき、悠樹の足はすくんでしまう。
まだ、結論が出ていなかった。斉藤は焦らなくて良いと言ってくれたけれど……。
悠樹はひとつため息をつき、荷物の整理を始めた。
もう少し……自分の中で納得できる答えが見つかるまで、結論を出すのは待ったほうが良いかもしれない。
そう思いつつも、早く決着をつけてしまいたい気持ちもある。
五ヶ月間考えて出なかった結論が、すぐに出てくるとは思わないのだけど。



その日の夕食は、テツヤの彼女も招いてのホームパーティになった。
テツヤの彼女はジェシィという名で、ブロンドヘアのものすごい美人だった。弁護士事務所に勤務しているというから、頭も相当に良さそうだ。
彼女は手作りのチェリーパイとチーズのキッシュを作ってきてくれた。とても料理上手な女性だった。
斉藤の家を訪れる際は、必ず何か手料理を作ってきてくれた。
少し気の強いところもある彼女だけど、悠樹はジェシィに好感を持っていた。
彼女は悠樹のことも気にかけてくれ、小説を読み始めたと言ったら、自分のおすすめの本を何冊も貸してくれたりした。
いつもは明るいジェシィだけど、今日はちょっと不機嫌だ。
悠樹と一緒にテツヤも日本へ戻るからだろう。
「2ヵ月後には戻るって言ってるけど、きっと半年後ね」
彼女の皮肉のきいた言葉に、テツヤは思わず肩をすくめる。
「そんな言い方をするなよ。仕事なんだから」
「本当に仕事なのかしら……信じられないわ」
「そういえば、ユウキにプレゼントがあるんじゃなかったの?」
話を切り替えるようにテツヤが言うと、ジェシィは思い出したようにバッグの中に手を入れた。
「これ、私からのプレゼントよ。ユウキが好きそうな小説をセレクトしてみたの」
そう言ってジェシィはバッグの中から綺麗にラッピングされたプレゼントを取り出した。
「きっと気に入ってもらえると思うわ。日本に戻っても英語を忘れないように、ときどき読んでね」
「ありがとう、大切にします」
「でも、ユウキがいなくなると、寂しいわ」
「たぶんまたすぐに来ると思います」
悠樹は笑ってそう答えた。
2ヶ月から3ヶ月に一度は、斉藤が日本に来るか、悠樹がニューヨークに行くかで診察を受けるというのが、今回帰国するための条件だった。
斉藤に来てもらうのも悪いので、学生の自分がこちらに来ることにしようと悠樹は考えていた。
ワインを飲みながら上機嫌な斉藤と、喧嘩をしたりしながらも仲の良いテツヤとジェシィのカップルと。
この数ヶ月間の日常の風景も、これが最後だと思うと、ちょっと寂しい気持ちになる。
けれども、明日は日本に戻り、家族や懐かしい人たちと再会するのだと思うと、心がワクワクとしてくる。
日本へ……。
家族や友達が待つ日本。
そして、漣がいる日本へ……。



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EDIT [2011/08/03 07:13] Breath <2> Comment:2
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2011/08/03 21:39] EDIT
>シークレットAさん

いつもコメントありがとうございます!

悠樹の状態はずいぶん良くなりました。
元の明るさがちょっとずつは戻ってきているのかな。

NYの話はいつかサイドストーリーで描けるように……頑張ります(笑)
ただ、暗い話にはなってしまいそうですが(笑)

五ヵ月後の漣は今回のような感じでした。
あまり漣の感情的なものは描かなかったのですが、ちょっと漣にとっては辛い結果になってしまったかなと思います。
自業自得といえば自業自得なのですが……

家族のほうは、特に何も不審がる様子もなく、心配だけしていたようですね(笑)
親子的にすごく似ているというか、うがった見方がまったく出来ない人たちのようです。

また次回もぜひ読みに来ていただけると大変嬉しいです!
[2011/08/04 07:43] EDIT
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